雑感落とし

■ラストオリジン

エロ目当てで去年の8月くらいから開始。唯一の男性と美少女・美女ハーレム、という理想世界的コンセプトが先行しているんだろうな程度の認識だったがシナリオや設定がかなりしっかりしていて驚かされた。本家は韓国で、向こうではシナリオがつまらなかった時は軽く炎上するレベルでクオリティを期待されているらしい。

 

ちゃんと前日譚漫画もあるのが良い。

 

翻訳倉庫 :: 滅亡前のとある記録 プロローグ

 

男性成人向け要素全開なエロハーレム要素を最前面に出す類の作品と”シリアス”要素のかけ合わせは困難な印象が強いが、ラスオリはのんきな性欲まみれの享楽と、抜き差しならぬドラマ的なシリアスさのバランスがかなり良い方だと思う。イベントシナリオ『儚き記憶は友と共に』が特に良く、Falloutシリーズで核戦争直後の生存者のログを読むような切なさがあった(New Vegasの”サバイバリスト”ことランダル・ディーン・クラークを彷彿とさせる、ある一個人の半生が拝める)。

 

シナリオにはどうしても甲乙がついてしまう点も出てくるが(初期のメインおよびイベントシナリオとか)、もうひとつ楽しみにしているのは運営ののびのびとした態度だ。開発会社はインディーズ規模らしく、不具合云々の発生は珍しくないが、それに対して前代未聞の補填を行うことでカバーしている(全ユーザーに実装直後のSSR相当キャラを配布したりとか)。

 

謝罪自体は真摯に行いつつ、普段の運営が公式チャンネルでMHWをやったりするようなゆるさが良い。ROのヒャック氏を思い出す。

 

元公式絵師のひとりであるdiyap氏(現opinew6氏)による運営アバター『アイシャ』のキャラ付けがこの好感度の大部分を占めていると思われるが、VTuberにキャラ萌えする人の気持ちと同じカテゴライズなのかどうか個人的に気になる。

 

 

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www.pixiv.net

 

■ブルーアーカイブ

バニーがバズッてずっとファンアートが供給され続けるなか、「今やってるシナリオも面白いから読んでくれ」と叫んでいるファンを見かけて去年の12月くらいから開始。

 

銃火器の弾薬や手榴弾がそのへんの自動販売機で売られていて、すべての美少女が銃を携帯し、非暴力主義者はひとりもいない。オンライン対戦ゲーで煽られたら相手の位置情報を割り出してリアルファイトに行ったりとかする。美少女のカジュアルな暴力描写が好きな人にはたまらないのかもしれない。

 

エデン条約編は評判通りに楽しく読めた。ブルアカの世界観で示されてきた暴力はカジュアルなものという暗黙のラインをシリアスな暴力でぶちやぶる様子、そのギャップを楽しんだのがほとんどの成分かもしれない。

 

一豚的Tier1はホシノ、アコ、ハナコ、エイミ、マシロ。

 

■ブルーピリオド

大学入学後の八虎が小さくまとまってしまった。何かにつけて他者のありがたい言葉から気付きを得て「そうか...!」「なるほど!」みたいなリアクションを擦る。常に学んでいる描写に対して学びを活かしている場面は希少で、すぐ同じようなシチュエーションが繰り返されてしまう印象が強い。最初は溜め展開だろうと思って眺めていたが、雑誌最新話まで読んできて今はこれが平常のモードになっているのだと理解した。読者もまた八虎と同じくボンヤリとした大学生活的な空気の中に沈み込められてしまったのかもしれない。世田介と橋田は大学入学後からエピソードが増えて輝き出したので、なおさらそう感じてしまう。

 

スポ根を称するにはちと不完全燃焼すぎね?って状態が続いているので、八虎が再び全員殺すモチベを取り戻すまでは読まずにとっておいてもいい気がする。

 

キングゲイナー

『子供』と『大人』を露骨に書き分けて描写しつつ、子供は自由をたのしみ、大人は不自由を享受する、というようなたぐいのステレオタイプはうまいこと逆転させている。活き活きと自由に行動するのはむしろ大人の方で、子供像の代表格であるゲイナーやシンシアらはそんな大人の事情や感情に振り回されてばかりだ(サラは大人と子供の中間、アナ姫は現実を見据えてなお子供の立場にある)。社会人になったときは自由な時間こそ短くなったものの、学生時代よりも<自由>を感じるようになったことに驚き、インターネット等で見聞きしていた『学生時代は自由で良かった』言説は俺にとって真実ではないことを思い知った頃の感覚が蘇った(もちろん、自分の家族を持っている人からは否定されるだろうが)。

 

大人が利己的な行動を貫く様はいっそ清々しく、このさっぱりとしたまでの俗っぽさと割り切りすぎているいさぎよさによって生まれる謎の清涼感のちゃんぽんが主な楽しみポイントで、最終決戦でも子供同士の純粋な友愛は結果を結ばず、一方で俗っぽい欲望まみれの大人同士はうまくいって洗脳を解き、子供を助けるという展開になっていた。また、逆に大人のどうしようもないいさかいを子供(ゲイナー)の恥ずかしいまでに純粋な行動が静止させるという展開もあった。作劇がうまい。

 

ゲイナーの引きこもりオンラインゲーマー設定自体は放映当時(2002年)としてはかなり先鋭的だが、ゲイナーが引きこもった直接的な原因は直前の両親殺害を受けた精神ショックが大きいだけで気質的には普通の少年であり、当時イメージされていたようない類の”引きこもり”ではない。題材を持て余していそうな感はある(富野監督がインタビューで「送られてきたオープニングテーマを聴いて作品の方向性が変わった」みたいなことを言っていたので、本当はもっとしんどいキャラになる予定だったのかもしれない)。アナ姫が「ゲームをするのは逃避ではなく、課題に対処するための方法なんですね!」みたいなことを言ってゲイナー褒めるシーンのちょっとズレてる感もなんとなく狙っている気がする。